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2006年9月

2006-09-22

最高裁までこじれつつ、「あの時代」まで…(笑)<国旗・国家の「義務化」は違法!の判決

 …今日は早く寝たかったのにこんなネタが…。

国旗・国歌で起立・斉唱強制、都教委通達は違憲…地裁(読売 06.09.21)

 東京都教育委員会が、入学式や卒業式で教職員が国旗に向かって起立し国歌斉唱するよう通達したのに対し、都立学校の教職員ら401人が都と都教委を相手取り、通達に従う義務がないことの確認や損害賠償を求めた訴訟の判決が21日、東京地裁であった。

 難波孝一裁判長は、「通達や都教委の指導は、思想・良心の自由を保障した憲法に違反する」との違憲判断を示し、教職員に起立や国歌斉唱の義務はなく、処分もできないとする判決を言い渡した。また、慰謝料として1人当たり3万円の賠償を都に命じた。

 都側は控訴する方針。

 判決によると、都教委は2003年10月23日、都立学校の各校長に対し、入学式や卒業式などで国旗の掲揚と国歌の斉唱を適正に実施し、教職員が校長の職務命令に従わない場合は服務上の責任を問うとする通達を出した。

 この通達後、式典で起立などをしなかったことを理由に、延べ345人の教職員が懲戒処分を受けた。

 判決はまず、日の丸」や「君が代」について、「明治時代から終戦まで、皇国思想や軍国主義思想の精神的支柱として用いられ、国旗、国歌と規定された現在でも、国民の間で中立的な価値が認められたとは言えない」と判断。「教職員に一律に、国歌斉唱などの義務を課すことは、思想・良心の自由の制約になる」と述べた。

 その上で、判決は、〈1〉通達は各学校の裁量を認める余地がない一義的な内容になっている〈2〉都教委は、職務命令に違反した教職員に対し、違反回数に応じて減給や停職などの懲戒処分を行っている――ことなどから、「通達や都教委の指導は、教育の自主性を侵害する上、一方的な理論や観念を生徒に教え込むよう教職員に強制するに等しい」と述べ、教育基本法や憲法に違反すると結論付けた。

 また、不起立などを理由にした処分についても、「都教委の裁量権の乱用にあたる」と述べた。

 一方で、判決は、国旗掲揚や国歌斉唱について、「生徒が日本人としての自覚を養い、将来、国際社会で信頼されるために、国旗国歌を尊重する態度を育てることは重要で、式典で国旗を掲げ、国歌を斉唱させることは有意義」と認め、「教職員は国旗掲揚、国歌斉唱に関する指導を行う義務を負い、妨害行為や生徒に起立などの拒否をあおることは許されない」とした。

 ただ、教職員個人が起立を拒否しても、「式典の妨害や国旗国歌を尊重する態度を育てる教育目標を阻害するおそれはない」とし、「懲戒処分をしてまで強制するのは、少数者の思想良心の自由を侵害する行き過ぎた措置」と述べた。

 この通達後に懲戒処分を受けた教職員のうち、延べ287人が処分の取り消しを求めて、都人事委員会に審査請求している。

 中村正彦・都教育長の話「判決内容を詳細に確認して、今後の対応を検討していきたい」

 ◆尾山弁護団長「画期的な判決」◆

 判決後、原告と弁護団は東京・霞が関の弁護士会館で報告集会を行った。

 尾山宏弁護団長が「精神的自由にかかわる判決としては画期的で、教育のあり方が問われる裁判として最も優れたものの一つだ」と報告すると、原告や支持者ら約400人が拍手で応じた。

 原告の一人で、入学式と卒業式で起立せず戒告などの処分を受けた都立高校教諭、川村佐和さん(48)は「東京の高校は自由にものが言えない状態になっている。判決は明るい未来を見せてくれた」と話した。

 

 教育改革を掲げる安倍政権下では、教育基本法の改正にからみ、この問題も主要な論点の一つになるかも知れない。まぁなろうがなるまいが、一審で難波孝一裁判長が憲法判断に踏み込んでいる以上、主に憲法判断が必要な審理を行うとされている最高裁まで、敗訴した側が上告していくのだろう。そこまで先を読み、「一石を投じた」という意識で彼は判決を下したのだろうと思う。それ以上の裁判官の心理については、私ごときにはわかるはずもない。

 今日、私がこれに関連してアーカイブしておきたいことは、岩波『判例基本六法』に載っている、憲法一九条「思想・良心の自由」に関するこの判例である。有斐閣の「法律学小辞典」でも「参照せよ」と出てくるくらいに有名な判例だ。時間がないので今日はこれだけやっておく。

 

日本国憲法 第19条 思想および良心の自由は、これを侵してはならない。

最高裁大法廷判決 昭和31.07.04(岩波の要約による)

民法723条にいう名誉回復処分として、加害者に新聞紙等への謝罪広告の掲載を命ずることは、それが単に事態の真相を告白し陳謝の意を表明するにとどまる限り、加害者に屈辱的もしくは苦役的な労苦を課し、またはその倫理的な意思・良心の自由を侵害するものではないから、強制執行することもできる(反対意見もあり)。

 

  調べてみて良かった。今では普通のこととなっている「謝罪広告の掲載の命令」には、このような法的根拠があったわけね…。

 難波裁判長がこの立場に立って今回の判決を下したとするならば、起立や国歌斉唱の義務化は原告者に「屈辱的もしくは苦役的な労苦を課し、またはその倫理的な意思・良心の自由を侵害している」から「起立や国歌斉唱の義務化は憲法違反である」という判断を下したわけであるし、

 難波裁判長がこの立場に立たずに今回の判決を下したとするならば、この判例にとらわれない新たな「思想および良心の自由が侵されている判断基準」が提示されたということで、

 

 どちらにしても、今後はかなりもめるだろうということが、私ごときにも簡単に予想ができる。例の、首相の靖国参拝の、大阪高裁での「傍論」による違憲判断、などの「反則技」が炸裂しない限りね(苦笑)。

 

 今日はこのくらいにしておくが、

>「日の丸」や「君が代」について、「明治時代から終戦まで、皇国思想や軍国主義思想の精神的支柱として用いられ、国旗、国歌と規定された現在でも、国民の間で中立的な価値が認められたとは言えない」と判断

というのは、いかにも苦しい判断で笑った。このフレーズは、クソガキどもが「先生の言うことを聞かないのも憲法で保障された『思想の自由』だろ!」などという理屈でますます傍若無人になり、各現場で学級崩壊がさらに進むことを防ぐための、必死の「防波堤」となっている。

 逆に言えば、今回の判決は、どういう内容の事柄については『思想の自由』という根拠で守られるべきかということを、「国民の間で中立的な価値が認められているかどうか」という基準で線引きをしたということだ。

 

 …おいおい、また裁判所が、価値の中立性を判断したのかよ?例の大阪高裁の判決と同じ構造じゃねえか(苦笑)。 

 裁判所が法律自身の解釈を行うのは本業であるとして、個々の社会現象の価値判断まで裁判所が行っているという最近の流れ…その根拠は何なの?双方の言い分だけを聞いて、個々の社会現象の価値判断を、裁判所が行っていいということ???

 …news23風に言えば、また「あの時代」を彷彿とされるものがあるな(嘲笑)。 

 

 また後日、別角度から考察してみよう。(ホントか?)

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2006-09-21

他者への批判と自己反省がつながらない、「朝日さん」の救いがたい心性

 あのサンゴ礁事件以来、「『発言と行動が一致しない』といえば朝日さん」になってしまったが、「ああやっぱりな」の事件が生じた。 

 

↓太字が直らないのでそのままで…

本社記者が酒気帯び運転 甲府(朝日 06.09.20)

 山梨県警甲府署は20日、朝日新聞甲府総局の中川裕史記者(27)を道路交通法違反(酒気帯び運転)の疑いで検挙した、と発表した。現場で交通切符(赤切符)を交付されている。

 調べでは、中川記者は19日午前1時40分ごろ、甲府市内の自宅近くで、酒気帯びの状態で乗用車を運転した疑い。検問中の同署員が停止を求め、呼気検査をしたところ発覚した。社内調査に対し、中川記者は非番だった17日夜から18日午前にかけて、飲食店や自宅などで焼酎やビールを飲んだ、と話している。同署が発表する直前の20日午後になって初めて上司に検挙されたことを報告した。

 中川記者は警察担当として一連の飲酒運転撲滅キャンペーンにも携わり、同県身延町教育長が19日に酒気帯び運転で検挙された記事も書いていた。

 朝日新聞社は20日付で、中川記者を取材現場からはずし、管理本部付とする人事異動を行った。事実関係を確認した上で、速やかに厳正な処分をする。

    ◇

 〈武内健二・東京本社編集局長の話〉 飲酒運転撲滅のキャンペーンに取り組んでいるさなか、本社甲府総局の記者が酒気を帯びて車を運転し、山梨県警甲府署に検挙されました。私たちは紙面を通じて飲酒運転による事故の悲惨さを伝え、運転する人に自覚を促してきました。読者の皆さまの信頼を裏切る行為としか言いようがありません。深くおわびいたします。ただ、飲酒運転をなくすための報道は続けなければなりません。私たち自身をさらに厳しく律し、社会的責務を果たしていきたいと考えています。

  大仰な言い方をさせてもらえば、これはまさに「現代」を象徴する出来事であろう。他者を批判するのは一人前だが、「自分は別」と思うことが平気でできる。

 もしかすると、積極的に「自分は別」とさえ思っていないのかも知れない。自己のこのような行動を「つい飲んじゃうのはしょうがない」などという理屈(ではなく単なる感情だが)で自己肯定しきった上で、それとは全く別次元の感情として、他人が行った飲酒運転にはがまんがならず、意気揚々と批判記事を書く。そんな自分に酔っている…。

 こういう人間は、自分の行動と他者の行動が自己の思考の中でつながっていない。「オレがやっているのも飲酒運転だよな?」と自己を振り返ろうとする動機さえないのだろうな。だからこそ、自分が平気でやっていることを、他人がやれば、「正義」の名の下に徹底的に叩ける。どこぞのネット社会で起こっていることと奇妙に重なる。

 

 他者の行動と自分の行動を同じ原理に照らして考える能力や姿勢が身に付いていれば、少なくとも「この時期に飲酒運転をすることはかなりまずい」と予想することができる。私が小さい頃は、こういう考えは「ずるい・アンフェアだ」と厳しく批判され、世情に関係なく、他者に迷惑をかけかねない行動を行わないように指導されたものだ。それが「教育」であった。ところが今は…「この時期はやばい」と想像しろ、と指導することが「教育」なのだろうな。

 

 ちょうど「教育改革」を最重点目標に掲げている(らしい)安倍晋三氏が自民党総裁に選ばれた。彼を右翼だナショナリストだと、いまどき、そんな笑っちゃうくらいの低レベルなイメージ植え付け作戦で煽るのは、ニュース23だけで十分だ。そんなくだらない便所の落書きにいそしむヒマがあったら、今の教育に本当に問題がないのか、落ち着いて考えてみる必要の方が数倍はあるだろう。私もそんな一現場で、日々子供の指導法を考えている。今春の高校卒業生が確か「ゆとり教育」の第一世代だが、その影響は、かなり大きい。ただ、こういう事件が生じることからみても、それが朝日新聞で起こったことだということを考慮しても(笑)、「自己?他者の行動を同一原理で検証できない」状況は、ゆとり教育導入前から着実に浸透しているのだろうな。それだけに、この問題は深い。

 事実関係確認後、朝日さんがどのようにこの容疑者を「厳正」に「処分」するのか。しっかり見ておこう。

 

 

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2006-09-19

肝心なときに出てこないのが「ジハード」解釈論者か?

  この問題に関するブロガーの反応って、冷笑系が多いね。「法王ってバカだよね」など…。そういう問題なのか???

ローマ法王:「聖戦」批判演説 イスラム界、法王に反発 バチカン、釈明に躍起(毎日 06.09.16)

 【ローマ海保真人】ローマ法王ベネディクト16世がイスラム原理主義の「聖戦」を批判した演説に対してイスラム社会で法王を非難する動きが拡大している。パキスタン下院が15日、法王に発言撤回を求める決議を採択したのをはじめ、イラン、インドネシア、トルコなどでもイスラム教指導者が反発し、一部が抗議行動を呼び掛けた。ローマ法王庁(バチカン)は釈明し、火消しに躍起になっている。

 法王はドイツ訪問中の12日、大学での演説で「ジハード(聖戦)は神に反する」と述べ、テロの宗教的根拠を否定。さらに、イスラム教の預言者ムハンマドが「戦いの指揮により邪悪と残酷さをもたらした」という14世紀のビザンチン帝国皇帝の言葉を引用した。

 ムハンマドに関する発言が特にイスラム社会で反発を招き、パキスタン下院は決議で「法王発言はイスラム教徒の感情を傷つけた」と発言の撤回を要求した。

 さらにロイター通信によると、インドネシアのイスラム教指導者は「法王はイスラム教を正しく理解していない」と指摘し、信徒に抗議行動を起こすよう呼び掛けた。トルコ政府の宗教担当高官も発言について「極めて遺憾だ」と述べ、11月末に予定されている法王のトルコ訪問に疑問を呈した。エジプトやヨルダンなどでも法王に謝罪を求める声が高まっている。

 一方、パレスチナ自治区ガザ市にあるギリシャ正教会の施設では15日、小規模の爆発が起きたが、法王発言に対する反発によるものかどうかは分かっていない。

 バチカンのロンバルディ報道官は声明で「法王はジハード思想について深く踏み込むつもりはなく、イスラム教徒の感情を害する気持ちもない。ただ、暴力のために宗教を動機とすることを明確に否定したいだけだ」と述べた。だが、今年初めにはムハンマドの風刺画をきっかけにイスラム教徒が世界規模で抗議行動を起こす騒ぎとなった。今回もキリスト教徒に対する反発がイスラム社会で膨らむ恐れがある。

 

 

ローマ法王の発言、イスラム穏健諸国からも非難声明(読売 06.09.16)

 【カイロ=柳沢亨之】ローマ法王ベネディクト16世が神学講義でイスラム教に侮辱的な発言を行ったとされる問題で、アラブ諸国政府や議会は15日、非難声明を相次いで発表した。

 ヨルダンでは、サラハ・イスラム相が同日の声明で「イスラムを中傷するもの」として、法王庁に対し、発言を「即時に」改めるよう要求した。

 エジプトのスルール人民議会議長は、法王発言は「イスラム教に対する無知を露呈した」と切り捨てた。

 またサウジアラビアなど湾岸王制6か国で構成する「湾岸協力会議」(GCC)も「イスラムが愛と平和を訴えてきた歴史的真実を歪曲した」と非難した。

 イスラム諸国は来週末、信徒の宗教心が最も高揚するラマダン(断食月)を迎える。このため、エジプトやサウジ、ヨルダンなど親欧米穏健諸国の反応の背景には、過激勢力が、法王発言に乗じて大衆の批判の矛先を各国の国内体制に向けることへの懸念が指摘されている。

 

法王発言に抗議、ヨルダン川西岸の2教会に爆発物(読売 06.09.16)

 【エルサレム=三井美奈】ヨルダン川西岸ナブルスで16日、キリスト教の2教会に爆発物が相次いで投げ込まれた。

 イスラム教系と見られる「一神教の獅子」と名乗る組織が同日、AP通信に電話で犯行声明を出し、イスラム教の「聖戦」をめぐるローマ法王発言への抗議だったことを明らかにした。

 被害を受けたのは、英国国教会、ギリシャ正教の2教会で、けが人はなかった。

 パレスチナ自治区では15日にも、ガザ地区のギリシャ正教会付近で手製爆弾が爆発する事件が起きた。

 

イスラム教「侮辱」発言、法王自ら謝罪(読売 06.09.17)

 【ローマ=松浦一樹】ローマ法王ベネディクト16世がイスラム教に侮辱的とされる発言をしてイスラム諸国の猛反発を招いている問題で、法王は17日、離宮があるローマ郊外のカステルガンドルフォで、「私の発言がイスラム教徒への攻撃と受け止められ、(イスラム諸国で)様々な反応を引き起こしたことを遺憾に思う」と謝罪した。

 法王が自らの発言について、直接謝罪するのは極めて異例。

 法王は謝罪した上で、12日にドイツで行った神学講義での発言の意図が正しく伝わらなかったとし、「預言者ムハンマドが邪悪と残酷をもたらした」という東ローマ帝国皇帝の言葉の引用について、「私個人の見解を述べたものではない」と釈明し、「宗教間の対話を呼びかけた発言の真意が伝わることを望む」と述べた。

 法王庁は16日、ベルトーネ国務長官(首相に相当)が法王に代わって謝罪声明を発表していたが、イスラム諸国からは、法王自ら謝罪しなければ受け入れられないとの声が上がっていた。

 

法王の謝罪「不十分」、ムスリム同胞団が発言撤回要求(読売 06.09.17)

 【カイロ=柳沢亨之】ローマ法王の発言問題で、法王が17日謝罪したことについて、エジプトのイスラム主義組織「ムスリム同胞団」スポークスマン、ハムディ・ハッサン氏は同日、本紙の取材に、「イスラム世界の一致した怒りの表明が通じたもの」と評価しながらも、「発言自体を撤回すべきだ」と述べ、「不十分だ」との見解を示した。

 法王の直接謝罪で、イスラム諸国の反発が沈静化するかどうかは依然、不透明な情勢だ。

 法王の謝罪に先立ち、アラブ世界では各国政府の抗議が相次いでおり、モロッコ外務省は16日、同国の駐バチカン大使を本国に召還。サウジアラビアのサウド外相も16日、抗議文を法王庁に送った。

 

法王発言に報復テロ予告、アル・カーイダ系武装勢力(読売 06.09.18)

 【カイロ=柳沢亨之】AFP通信によると、イラクの国際テロ組織アル・カーイダ系武装勢力「アンサール・スンナ」を名乗る集団が18日、ローマ法王ベネディクト16世がイスラム教に侮辱的とされる発言をした問題について、ウェブサイト上に声明を流し、「ローマの城壁を破壊する日は近い」と報復テロを予告した。

 また、「ムジャヒディン諮問評議会」を名乗る集団も18日、ネット上に声明を発表し、「法王発言はブッシュの十字軍に動員をかけたもの」と非難した。同集団は、6月に殺害されたヨルダン人テロリスト、ザルカウィ容疑者配下の「イラクの聖戦アル・カーイダ組織」などの武装勢力で構成される。

 

  この冬の「ムハンマド侮辱事件」に続き、今回もイスラム教信者以外の発言に、「報復」という建前でイスラム教の一部の信者が暴力的に反応する。

 普段は、「言論に対するテロ(暴力的報復)は絶対に許してはならない」と偉そうに叫んでいる各新聞社が、この問題に関して同様の宣言や説得を試みようとしないのはなぜなのか。

 特に、「私たちは信じている 言葉のチカラを」などと高邁に叫んでいた朝日さんは、この問題に関して、現時点では社説レベルでは何も発言していない。イスラム教については「触らぬ神にたたりなし」か??

 

 また、こういう騒ぎが静まった頃にひょっこり現れて、決まって「ジハード(聖戦)って、戦うって意味じゃないんだよ、知ってた?」などと説教し始める「ジハード解釈論者」は、こういう時には何も発言しないんだな。

 

「誤解される「ジハード」の意味」(筑波大学 塩尻和子助教授 専攻分野:宗教学、イスラーム思想)

>イスラームが異教徒に対して武力をもって改宗を迫ったという歴史的事実は、ほとんどみられない。 7世紀後半には、改宗者があまりにも多くなりすぎて人頭税の収入が落ち込み、国家財政を危うくしたために、為政者は改宗を勧めないようにと命じたことさえある。まして、異教徒の改宗を強制することがジハードの意味では、決してない。預言者ムハンマドはメッカを征服したあとで、「これからは大ジハードに精進するように」という言葉を残しているが、これは精神的な修養を意味している。周知のようにジハードはムスリム一人一人の義務ではあるが、戦闘行為を指すよりも、本来の「努力」という意味から、日常的に神の道に邁進するための努力を指すことのほうがはるかに多い。また戦闘的な意味で用いられる際にも、第一に防衛的な戦闘を指している。

 

 現タイミングで、例えばこの塩尻さんを批判したいわけではない。彼女が、私たちのような一般ピーポーでもその情報を受け止められるような、適切な場所で発言する機会が与えられていないからである。しかし、以前のムハンマド事件が起こったのはもう半年以上も前のことだ。この記述が、あのような事件も含めて、納得のいく説明になっているかと言うと…残念ながらそうではない。

 イスラム教の教義として、ジハードが「第一に防衛的な戦闘を指している」というのあれば、例えば以前のムハンマド事件が、イスラム教徒にとってどのように「防衛的」だったのか、ぜひ説明していただきたい。

 

 wikipediaでは、このように説明されている。

二つのジハード

イスラム学者によって整理されたところによると、ジハードには2種類が存在するという。

  • 個人の内面との戦い。内へのジハード、大ジハードと呼ばれる。
  • 外部の不義との戦い。外へのジハード、小ジハードと呼ばれる。

「内へのジハード」は、個々人のムスリムの心の中にある悪、不正義と戦って、内面に正義を実現させるための行為のことである。例えば、イスラム共和制をとるイランでは、「ラマダーン月はジハードの月」などの標語において、緩みがちなムスリムたちの規律を正し、イスラム共和国の理想を思い起こさせるための行為、との意味で「ジハード」が用いられる。

このようなジハードが「内へのジハード」であり、「小ジハード」である「外へのジハード」以上に優先されなくてはならない「大ジハード」である。もっとも、「内へのジハード」を「大ジハード」として重くみる観念はすべてのムスリムの間に認められているとは言い切れない面があり、実際には、主としてイスラム神秘主義(スーフィズム)の潮流で非常に好まれてきたものである。

従って、一般に「ジハード」と言った場合は、ほとんどが上の定義に言う「外へのジハード」であるのが実態と言っても差し支えない。

 

 「外部の不義」に対しては暴力的な戦いも辞さない、という姿勢であれば、現状の動きには納得がいくが、逆に言えば、「外部の不義」に対しては「暴力」も認めるという宗教?

 

 だとすると…こういう発言で、私もテロの犠牲になることも覚悟しなければならない宗教、それがイスラム教ということか?

 

 イスラム諸国、もしくはイスラム教の指導者が、ジハードという名のテロを抑制するよう呼びかけているという動きは、少なくとも私のような一般人が日本にいる限りは見えてこない。「見えてこない」と「存在しない」の差は、大きい。

 

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2006-09-15

mixiの株価は安心の値段か

 今日(正確には昨日)の夕刊紙の見出しは、軒並みこの話題だったようだ。

ミクシィ株、上場初日は初値つかず (日経 06.09.14)

 ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)最大手のミクシィが14日、東証マザーズに上場した。

 買い注文が殺到し売買が成立せず、取引終了時の気配値は公募価格の2倍の315万円まで上げた。これに基づく時価総額は2200億円で、新興市場では6位となる。ただ利益水準に比べると期待先行の面が強く、過熱感を指摘する声が多い。

 ミクシィはSNSサイトと求人サイトを運営し、売上高の8割程度は従来のネット企業と同じように広告収入に依存している。

 私は使ってはいないが、調べたり聞いたりしたところによると、自分が選んだ相手だけに自分の発信する「情報(日記含む)」を読んでもらえる設定にできるとのこと。これが、「誰に見られるかわからない」一般のインターネット環境との最大の違いだろう。

 この違いから、多くのユーザーが「安心できる」という感想を持ち、友達の友達はみな友達だ的にバケツリレー式に会員が増え、今年7月に会員が500万人を突破したとのこと。

 率直な疑問として、「自分がアクセスを許した相手だけが自分の発信情報を見ることができるから安心」なのは本当かと思う。各ユーザーは履歴書を書かなければならないらしいが、その履歴が客観的に正しいということはミクシィ側が保証してくれるのだろうか。おそらく不可能であるから、そんなことはしてくれないだろう。ということは、自分が信じている「読者」は、自分の側からだけ見て「安心」できている相手である、ということしか言えない。

 私が間接的に知っている某予備校講師も、自分が講師としてうまくいっていないことを、ミクシィを通して愚痴っていたようだが、そりゃぁミクシィ友達は彼女の現実的な状況も理解できず(当たり前だが)、彼女から与えられる情報だけを元に

「がんばってください」

「応援しています」

の連呼を繰り返し、彼女はそれにご満悦だったようだ。そしてその後、彼女はこの業界から消えた模様。私としては、ミクシィでいい人を見つけて結婚でもなさっていることを祈るばかりだが、こういう事例を聞くと、ミクシィで保たれている「安心感」とやらに、一抹の疑問を抱かざるを得ない。

 安心しているのは自分ばかりなり。少なくともインターネットと比べて、実生活にプラスの影響を与えやすいとも言い切れないのだ。

 例えば、自分が心を許しているその「読者」は、実は履歴を詐称し、自分を虎視眈々と狙っているかも知れない…これは、先日の徳山高専で痛ましくも高専生が殺された事件で、被害者がミクシィをやっていたことを考えると、決して考え過ぎとは言えない。もちろん、この事件にどのくらいミクシィが関わっているかは現時点ではわからないが。

 

 ともあれ、この企業の株が、個人投資家を中心に買い注文が殺到し、初日に売買が成立しなかったということは、その逆よりははるかに短期的には「めでたい」ことである。このめでたさが、長期的にも「めでたい」と言えるようにするには、順風のうちに、運営側が、現在のユーザーが持っている「安心感」ができるだけ実のあるものに変えていく(またはグレードアップする)ことができるかどうかにかかってくるだろう。

 この会社の株価が暴落するとき、それはSNS(ソーシャル・ネットワーキング・システム)の「安心感」が暴落するときではなかろうか。ライブドアのような「想定外(もう死語らしい)のインチキ」がない限りは。

 

 私としては、少なくとも関東で最近どっと店舗を増やしている「日高屋(ハイデイ日高)」が東証一部に株式上場したことが気になる。こっちも、東京で見てると「飛ぶ鳥を落とす勢い」に見える。

 

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2006-09-13

政治と国語の区別ができない者に「国語力」という言葉を使う資格があるのか

 最近は、朝日さんの出版物が「おもしろなさけなく」てしょうがない。略して、「おもなさ?」。 読めば読むほど、不健康な脱力感が体を襲う。今の日本の左派は、なぜ意味のある言葉を発しようとしないのだろうか。もしや、本当にできないのだろうか。それとも、そういう自分の状態がわからないほど危機的な状況なのだろうか。

◆国語力磨け 自民党元幹事長・加藤紘一 谷垣財務相の総裁選出陣式のあいさつで(朝日 06.09.09)

 靖国問題や中国、アジア外交をよく論じてみると、この間の戦争をどう評価しようか、将来に向けてどういう足場を心の中に築くか、という国の基本問題がある。

 しかし、新聞を見ると、歴史や靖国問題を政策論争の中に入れるのは「よこしまな考えだ」と安倍官房長官がおっしゃっていた。歴史を考えている国民は「よこしま」なのか。戦争責任総括を一生懸命やる新聞はよこしまなのか。総理にならんとする人は国語力を磨いて欲しいな、という気持ちでいっぱいだった。

 この記事が引用している事実部分が正しいとすれば、安倍氏が言っていたのは

>歴史や靖国問題を政策論争の中に入れるのは「よこしまな考えだ」

ということであり、

歴史を考えている国民は「よこしま」

と言っているわけでもなければ、

>戦争責任総括を一生懸命やる新聞はよこしま

と言っているわけではない。

 どうやら、加藤紘一氏にとっては、「政策論争」という言葉と、「一国民」「一新聞」という言葉が同一のもののようである。このような政治家が、

>総理にならんとする人は国語力を磨いて欲しいな、という気持ちでいっぱいだった。

などと、抜けシャアシャアと「国語力」などという言葉を使い、「戦争責任総括を一生懸命やる新聞」は自社のことだと思っているようである朝日さんが、抜けシャアシャアと記事にする。

 これが今の加藤紘一の現実だ。ちなみに、ネット文化では、国語力のない者が「国語力」などと言うことを「燃料投下」と呼ぶのだが、彼はどこにガソリンを撒いているのだろう。もしや確信犯?だとしたら、そちらの方がよほど面白いのだが。

 

 この言葉遣い…あの永田寿康も驚く「国語力」ではないか。ちなみに加藤氏も外務官僚出身である。

 

 朝日さんよ、加藤紘一を本当に応援したいのであれば、こういう「失言」を、鬼の首を取ったように偉そうに記事にすることは逆効果だと気づかないか?それは天然なのか?狙ってやっているのか?

 朝日新聞と加藤紘一のゴミみたいな発言が、日本の「本来の左派」「ロジカルな左派」を、応援するどころかむしろますます貶めているように感じているのは私だけではないだろう。

 

 

 ちなみに、一番面白いオチは、実は裏で小泉首相と加藤氏がつながっていて、加藤氏がさりげなくこういう発言を繰り返すことで、谷垣氏を確実に落とすように暗躍していた!というストーリーだな。「さすがYKKの結束!」なんてな。売れ残りが目立つ週刊文春あたりが言わないかな(苦笑)。

 

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2006-09-11

説明が必要なところを「前提」とする姿勢に対する嫌悪感

 2chは関心のあるテーマがない限りはほとんど見ていないのだが、新宮様ご誕生に関して、「きっこのブログ」と「乙武洋匡オフィシャルサイト(のブログ部分)」が炎上しているとのこと。「きっこのブログ」の方は、当該記事を「公開の順番を間違えた」という理由で削除したとのこと。ソースはこちら。「きっこのブログ」がどのような方面や理由で有名なのかは、各自調べられたし。ここで簡潔に説明する気力はない。

 「きっこのブログ」の方の元記事の全体は、2ch内を探してくれればどこかから見つけることができると思う。例えばこういうことが書かれていた。

 

(前略)

なんか、こんなことばっかで、この国、どうなっちゃうのかな‥‥なんて思ってたら、今度は「キコさま」かよ?あたしと名前が似てるから、イヤでも気になっちゃうけど、亀田のバカや安倍のクズと同レベルっていうか、ヘタしたら、坂東眞砂子にも匹敵しちゃうような恐ろしい「出産茶番劇」に、あたしは、開いた口から水子の霊が出てきちゃうよ、まったく。妊娠するたびに、ソッコーで男の子か女の子か調べて、女の子だったら、スマップの殺人鬼、中居正広とおんなじ方法で、闇へと葬り去る。そして、その次も、女の子だったから、またまた闇へと葬り去る。そして、その次も‥‥。

こんなことばっかやってるから、体がボロボロになっちゃって、マトモな出産もできなくなっちゃったのに、それでも、やっとこさ待望の男の子だったからって、今度は手のひらを返したように、国をあげてのお祭り騒ぎ。挙句の果てに、「帝王切開します」って発表された時点で、ニポン中、世界中の誰もが、「ああ、やっと男の子ができたのか」ってバレバレなのに、「生まれて来るまでは、男の子か女の子か知りません」なんていう白々しいコメントに、誰ひとりツッコミを入れられない今日この頃、皆さん、茶番劇はお好きですか?

‥‥そんなワケで、単なる「出産マシーン」と化しちゃったキコさまは、例の気持ち悪いニヤニヤ笑いで、「よっしゃ!もらった!」とかって心の中で叫びながら、小さくガッツポーズでもしてんだろうか?ま、雲の上のことなんか、あたしにゃ関係無いけど、こんなくだらない茶番劇を全国ネットで朝から晩まで放送するテレビ局のバカさかげんには、心の底から呆れ果てちゃうね。オマケに、皇室関係のニュースのたびに登場する、薄気味悪いオッサンやオバサンたちの歯の浮くようなコメントの数々には、口の中にアルミ箔のカタマリを入れて、カシカシカシカシカシカシって噛み続けるのとおんなじくらい不愉快な気分になる。

(後略)

  乙武洋匡ブログの方には、二日にわたり、このように書かれている(こちらは削除されていないので現在形で書いた)。

2006.09.07

紀子さま出産

世間は昨日から「めでたい、めでたい」と騒いでるけど……


ひとつの命が誕生したことがめでたいの?


それとも誕生した命が「男児だったから」めでたいの?


どちらにしても。


これで、また大事な議論は先送りにされてしまうんだろうなあ…。

2006.09.07

深くお詫びします

2ちゃんねるを中心に、たいへんな反響を呼んでしまっているようです。
お騒がせして、たいへん申し訳ありません。

言葉足らずの文章を書いたために、多くの方の誤解と憤りを招いてしまったことを、深くお詫びするとともに、弁明させていただければと思います。


まず、今回、親王のご誕生を「めでたくない」と考えているように受け取られる文章を書いてしまったことを、深く、深く、反省しています。

むしろ、僕は親王のご誕生を「おめでたいこと」「よろこばしいこと」だと思っています。それは、性別の如何を問わず、ひとつの命が誕生したことを「よろこばしい」と思っているのです。


ところが、ご誕生を受けてのマスコミ報道や世論には、少なからず「男の子でよかった」という風潮が感じられました。そのことに、僕は抵抗を感じてしまったのです。

男であろうが、女であろうが、皇室であろうが、民間人であろうが、命の重さは等しく、尊ばれるもの。そう思っていた僕には、内親王がご誕生した時よりもはるかに舞い上がった今回の慶事ムードに違和感を覚えてしまったのです。


どんな命でも尊いはずだ。


その結論を急ぎすぎたあまり、ご誕生に対するよろこびの気持ちを欠いた表現となってしまいましたことを深くお詫びするとともに、みずからの文才のなさを恥ずかしく思うばかりです。


最後に、僕と同様の疑問を感じていた友人からのメールを紹介させてください。


「テレビで『親王以外にも今日生まれた子おめでとう!! 』なんてセリフを言ってくれるアナウンサーいたらカッコイイのになあ」


思慮が足りず、みなさまにはたいへんご迷惑をおかけいたしましたことを深くお詫びします。

 

 きっこのブログの記事へのコメントとしてはmakatoさんが、乙武洋匡ブログ記事へのコメントとしては玄倉川氏がお書きになっているので参考にしていただくことにして、私が感じたことに絞って書く。

 どちらの記事に対しても、思想・信条の違いは別にした上で、大きな嫌悪感を感じる。その理由は、どちらの記事も、詳しい説明が必要な部分を「前提」とした上で感情論に走っているからである。言い換えれば、読者にとって最も説明して欲しい部分(=人間同士で意見が分かれると予想できる部分)を、「みんなもこう思ってるでしょ?」という姿勢でスルーしているからである。私はこういう姿勢を「重要論点の前提化」と呼びたい。

 

 きっこのブログの方は、

妊娠するたびに、ソッコーで男の子か女の子か調べて、女の子だったら、スマップの殺人鬼、中居正広とおんなじ方法で、闇へと葬り去る。そして、その次も、女の子だったから、またまた闇へと葬り去る。そして、その次も‥‥。

 私に限らず、率直な疑問として、

「眞子さまと佳子さまはなぜ中絶されなかったの?」

「二人までだったら女児も中絶されないの?」

「二人までという根拠は?」

などが、滝のようにほとばしるだろうが、これらに関して一切説明がない。このままでは、この発言は自称「きっこ」が「何を妄想ぶっこいてんだ」としか思えない。

 

 さらに、

>単なる「出産マシーン」と化しちゃったキコさまは、例の気持ち悪いニヤニヤ笑いで、「よっしゃ!もらった!」とかって心の中で叫びながら、小さくガッツポーズでもしてんだろうか?

 紀子さまの笑顔が気持ち悪いかどうかは人によるだろうし、「よっしゃ!もらった!」って何を?男児をもうけたことで、現行制度の下では、まちがっても大けがなどさせてはいけないという「重圧」だけが、女児より何倍ものしかかるであろうことは容易に想像できるであろうに…紀子さまはそういう重圧を受けることを「気持ち悪いニヤニヤ笑い」で「よっしゃ!もらった!」と進んで受け入れるマゾヒストであられるとでも言いたいのであろうか?残念ながら、私の読解力では、この記事はそうは読み取れないのだが。この記事を書きながら、そんな想像すらできずに、男児をもうけたことを単に「得」と捉えている、頭の悪い一般人が、自分では気の利いた皮肉たっぷりに現状を揶揄している「つもり」である、それこそ「気持ちの悪いニヤニヤ笑い」を浮かべている頭の弱い人の姿しか浮かばない。

 

 また、

>雲の上のことなんか、あたしにゃ関係無いけど、こんなくだらない茶番劇を全国ネットで朝から晩まで放送するテレビ局のバカさかげんには、心の底から呆れ果てちゃうね。

 本当に関係ないと思っているのなら、なぜこのような記事をアップしたのであろうか。これだけ「キコさま」をこき下ろしているのだから、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ぐらいに皇室を憎んでいるようにしか読めないが。関係ないのなら、憎しみも皮肉も浮かぶはずがなかろうに。

 ちなみに、皇室関係費は、我々の血税が使われているという点で、少なくとも金銭的にはきっちりしっかり「関係している」のだが、その点を無視してまでことさらに「あたしにゃ関係無い」と書くところあたり、むしろ逆に皇室に対する歪んだコンプレックスを感じざるを得ない。

 

  こういう点を総合すると、この記事は、もともと「皇室ダイキライ」な人に対してしか書かれていないものであると判断せざるを得ないのだ。このブログの注意書きなどに、皇室嫌いの人を読者対象に指定しているような文言は見受けられない以上、皇室が嫌いなら嫌いで、不特定多数の読者が納得はできないけど一意見として理解はできる程度の説明が必要であっただろうに。

 

 乙武ブログの方は、

>どちらにしても。

>これで、また大事な議論は先送りにされてしまうんだろうなあ…。

この書き方では、「どちらにしても、大事な議論(おそらく、皇室典範改正問題だと思える)は先送りにされてしまう」とつないで読まざるを得ない。

 ということは、乙武氏自身が、どちらがめでたかろうが、皇室に新しい男子がお生まれになったことで、「大事な議論」とやらが先送りにされたことを「嘆いている」と、私などは読まざるを得ない。

 

 にもかかわらず、

>まず、今回、親王のご誕生を「めでたくない」と考えているように受け取られる文章を書いてしまったことを、深く、深く、反省しています。

>むしろ、僕は親王のご誕生を「おめでたいこと」「よろこばしいこと」だと思っています。それは、性別の如何を問わず、ひとつの命が誕生したことを「よろこばしい」と思っているのです。

 そう思っていると表現していると言うには、「紀子さま出産」の記事はあまりにも説明が足りない。皇室にお子様がお生まれになったことが「おめでたいこと」であることを前提に、

>世間は昨日から「めでたい、めでたい」と騒いでるけど……

と書いているということ?? …どうにも理解できない。「確かにとてもおめでたいことだと思う」のひとことが、なぜ入れられなかったのだろうか。

 厳しいコメントでは、「おめでたいと思うことが当然だ!」などというものもあったが、おめでたく思わないというのもあっていいと思う。日本には言論の自由という権利があるので、天皇制反対、皇族ダイキライ、天皇制などというものがあるから差別はなくならないのだと思うのなら、それをしっかり書けばいいと思う。それが私の考えである。

 「深くお詫びします」の記事の方に、

>男であろうが、女であろうが、皇室であろうが、民間人であろうが、命の重さは等しく、尊ばれるもの。そう思っていた僕には、内親王がご誕生した時よりもはるかに舞い上がった今回の慶事ムードに違和感を覚えてしまったのです。

>「テレビで『親王以外にも今日生まれた子おめでとう!! 』なんてセリフを言ってくれるアナウンサーいたらカッコイイのになあ」

などと書いてあるので、ここから「民間人と皇室の間で、新しく生まれた子に対する認識の違いがあってはならない」という彼(ら)の価値観が読み取れる。だとしたら、その思いが「紀子さま出産」にも透けて現れていたのだから、「紀子さま出産」の記事をあえてポエティックに書いたのは、自分のブログの読者の多くが「民間人と皇室の間で、新しく生まれた子に対する認識の違いがあってはならないと思っている」という前提でこの記事を書いたということではないだろうか。

 だとしたら、乙武氏は、天皇制をめぐり、多くの日本人が様々な意見を持っているという現状にあまりにも鈍感である。

 

 私は、「自分に都合が悪いからコメント欄作らないんでしょ?」などという頭の悪い煽りをするつもりはないので、乙武氏がそういう姿勢でこれからもブログを書き続けるのであれば、遠慮なく、コメント欄は作らなければいいと思う。きっこのブログのように。

 正直に言って、私は彼らの言論活動に、プロとしての価値を全く見いだしていないので、彼らのブログが、一般人がただ感じたことを、読者のことを想像せずにただ垂れ流すようなものであっても、何も感じない。私がこの記事を書いた動機は、説明が必要なところを「前提」にしてしまい、なおかつ文章の大部分を感情的に書いてしまうと、第三者からは情けない記事に見えるのだなということを、他山の石として覚えておきたいということである。

 

 ただ、誤解してほしくないのだが、だからといって「これらのブログが炎上して当然だ」というつもりは毛頭ない。例えば乙武ブログの方は、コメント欄や2chで、

>やっぱり五体不満足だからひねくれちゃったのかな

などの差別的発言がかなりの頻度で出現するところを見ても、ここで騒いでいる連中にいささかの「義」も「理」も感じ得ないからだ。こういう輩に「ネットウヨ(ネット右翼の略)」などというレッテルを貼るバカにも、そのねじれたひがみに苦笑せざるを得ないが、右翼だろうが左翼だろうが中道だろうが、言論を戦わせる際に、身体的特徴や職業など、そのテーマとは関係ない論点をあげつらって相手を批判することを「誹謗中傷」と呼ぶ点は同じである。まぁ匿名だからいい気になって図に乗っているのであろうが、それだけに始末が悪い。相手を激しく非難するときも、その非難が妥当であると読者に思わせる根拠が必要であろう。読者に理解できる文章を書きたければの話だが。

 

 

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2006-09-08

時事ネタ斉射三連!

その1 新宮さまご誕生に関して

  ご誕生を心よりお喜び申し上げます。

しかし…(と逆接の接続詞をつけるのもはばかられるとは思うのだが…)

秋篠宮さま:「ご苦労さまでした」

紀子さま:「帰ってまいりました」

 この言葉が私にとってはあまりにも重すぎる。私が常識知らずであることを祈りたいが、子供が生まれたとき、妻に「ご苦労様でした」と声をかけるのは、子供を産むことが「仕事」であると認識しているときだと私は考えている。紀子さまのご発言も、分娩が彼女にとっては「作業」「仕事」であるという認識を反映したものであるように私には思えてならない。

 こういう点を鑑みると、一国民として率直に、皇族の方々が日々感じてらっしゃる「さまざまな重圧」に思いをはせずにはいられない。私は、新宮さまご誕生に対しただお祝いの気持ちを持つだけでなく、皇室の方々が日々感じてらっしゃることについて、想像の翼を羽ばたかせる日にしたいと思った。

 こういう点に関連させ、天皇制に批判的な人々は「皇族の方々をこのような重圧から解放してさしあげるべきだ」などと主張するのだが、残念ながら(?)私は、純粋な共和制に強い疑問を持っており、現在の日本の立憲君主制は現在のコストに見合う制度だと思っている人間だ。したがって、きわめて残酷かもしれないが、それでも皇族の方々には、あくまでも行き過ぎない範囲で、皇族としての「お仕事」を全うしていただきたいと思っている。

 

 天皇制を尊重するということは、必ずしも個人としての皇族の方々を、我々一般国民同士がいたわるように愛するということではないことに気づいたこの新宮さまご誕生のニュース。私には重すぎる。

 

 

その2 金利グレーゾーン廃止についての金融庁と自民党族議員の狙いは…

貸金業規制改正案、取りまとめ見送り…自民部会(読売 06.09.08)

 自民党の貸金業制度小委員会と金融調査会などの合同部会は7日、金融庁が提示していた貸金業規制法の改正案を議論した。

 この中で、小口・短期の融資に対する特例高金利などで8年間も高い金利を残す措置などについて意見が対立し、予定していた取りまとめを見送った。党内には特例期間を短縮する案も浮上しており、金融庁の原案が修正される公算が大きくなった。自民党は合同部会で再度検討した上で、11日に最終的な取りまとめを行う方針だ。

 金融庁の原案は、法施行3年後に出資法の上限金利(年29・2%)利息制限法の上限金利(年15?20%)まで引き下げ、二つの上限間のグレーゾーン(灰色)金利を廃止するのが柱だ。

 その後、暫定措置として最長5年間、小口・短期の融資に限り年28%の特例金利を認めることで、法施行後8年間、利息制限法を超える高金利が残る仕組みだ。

 この日の議論は午前、午後の計5時間にわたった。金利を一気に引き下げると貸金業者の経営に対する影響が大きいと主張する議員は「段階的に階段を下りるほうが安全だ」などと業者への配慮を求めた。

 一方で、多重債務者問題に取り組む議員からは「特例などで高金利が8年間も続くことは、実質的な灰色金利の温存だ」との声もあがった。

2006年9月8日1時47分  読売新聞)

 私の知る限りはあまり強く報道されていないようだが、

・出資法と利息制限法の間の金利(年20%?年29.2%:「グレーゾーン金利」と呼ばれる)の分に関しては、現状では民事的には無効の契約のはずである(一定の条件を満たしている場合は除く)。

 しかし、上記の案では、少なくとも経過措置の最大8年間は、 現在では民事的には無効になっているこの金利が、民事的にも有効なものになると解釈できる。つまり、実質的には最大金利の引き上げとなる。

 これだけすっとんきょうな案を出してきた背景は、私の邪推によれば、ズバリ、

「始めにひどい案を出しておけば、その後の譲歩案がすばらしいものに見える」

題して、

朝三暮四戦法」

であろう。このあと、「経過措置は3年に」などという譲歩案が出れば、すんなり通るだろうと。それで実質的な最大金利の引き上げが、3年であってもまんまと通るだろうと。

 

  …この私の邪推が正しければ、金融庁と自民党の族議員は、国民をサル扱いしているということか。

 サル扱いされている国民よ、立ち上がれ!この案に賛成している議員を、次の選挙までにしっかり覚えておくのだ!(って、この邪推が既成事実化しているが…)

 

 

その3 『DEATH NOTE』の作者、銃刀法違反で逮捕される

 
 乗用車の中にナイフを所持していたとして、警視庁石神井署が銃刀法違反の現行犯で、漫画家、小畑健容疑者(37)=東京都武蔵野市境=を逮捕していたことが7日分かった。

 小畑容疑者は人気漫画「DEATH NOTE(デスノート)」などで知られ、「キャンプに使うために持っていた。申し訳ないことをした」などと供述している。

 調べでは、小畑容疑者は6日午前0時30分ごろ、同区大泉町の路上で、乗用車のコンソールボックス内にアーミーナイフ(刃渡り約8.6センチ)を所持していた。パトロール中の同署員がライトが切れた乗用車を発見。運転していた小畑容疑者を職務質問し、キーのアクセサリーに小さなナイフが付いていたことから車内を調べたところ、見つかった。

 デスノートは原作を別の作者が担当し、小畑容疑者は作画を担当していた。集英社の「週刊少年ジャンプ」に連載され、名前が記されると死ぬというノートをめぐる心理サスペンスで、映画化されるなど大ヒットした。

 しょうもないダジャレはスルーするとして、この件に関して2chがやや祭り状態になっている。全くもって予想通りである。

 その中の書き込みは、目分量で7割が警察たたき。2割が「しょうがないよね」。残りがその他。

 2chねらーは、このスレで、キラさまごっこをしたかったのだろうか…としばし考えたひとときであった。

 

 彼らがキラさま「ごっこ」ではなく、本気で警察たたきをしているのだとすれば、銃刀法自体や従来の取り締まり例も調べずに、ただ「小畑氏を逮捕するとはひどい!」と叫んでいるわけで、あの堀江容疑者逮捕の直後に起こった「堀江を逮捕するのは不当だコール」と同じことを彼らはやっているということか。→崇拝する人間に対しては、あらゆる手段を使って強引に持ち上げる例としての関連記事(苦笑)

 しつこいが、逮捕された人が好きな人かどうかを基準に、逮捕が不当かどうかを判断する習慣はやめた方がいい。それ自体が法治国家の否定に他ならないことに気づかないのだろうか。

 

 

 斉射三連終了!急速離脱!

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2006-09-04

朝日さん「五つの疑問」への疑問、その四つ目(後編)

※ 前編より続くので、前編からどうぞ。 

過去に苦痛を与えたことは反省しつつ、そのアジア諸国が訴える「現在の苦痛」については「意見の違い」と片づける。批判に背を向けたままの首相は、この矛盾にいつ気づくのだろうか。

  朝日さんが言う「アジア諸国が訴える『現在の苦痛』」とは一体何なのか。ちなみに、首相らが靖国参拝をし続ける限り、首脳会談をしないと一方的に日本に圧力をかけていることを「苦痛を訴えている国」と定義するならば、それは「アジア諸国」ではなく、「中韓」だけなのだが。朝日さんはどこまでせこく問題を大きくしたいのか(笑)。

 百歩譲ってそこには目をつぶるとしても、例えば、上記のリンクの中で、中国の胡錦涛国家主席と小泉首相が直接接触した昨年4月のアジア・アフリカ会議での記者会見を見ても、

 

アジア・アフリカ首脳会議の際の小泉総理内外記者会見 平成17年(2005年)4月23日

【質問】 先程総理から日中首脳会談について極めて有意義だという言及があったが、その会談の各論について3点お尋ねする。一つ目は、中国の反日デモについて日本側ではかねてより謝罪と補償について言及があったが、総理からどのような表現でこの問題についての言及があり、中国側がどのように答えたのか。次に2番目として、総理自身が靖国神社の参拝問題を含めた歴史認識について、中国側からどのような言及があり、どのようなやりとりがなされたのか。3番目について、総理はかねてから温家宝首相の訪日を招請されていたが、これについて中国側からどのような回答があったのかをお聞かせ願いたい。

【小泉総理】 この今の3点については、日本の町村外務大臣、中国の李肇星外務大臣の間でも話されたことである。最初に、今回の胡錦濤主席と私の首脳会談は、町村・李肇星の両外務大臣の会談と同じである必要はないと、外務大臣会談と首脳会談の中身は違って当然だと述べた。そして、反日デモについては、中国側が、適切な対応をとってもらいたいと、日本の大使館、領事館、また日本の中国における企業活動、民間人の活動、これについて適切な対応をしていただきたいという要請をした。靖国問題、歴史問題等について、胡錦濤主席から、それぞれ話が出された。しかしながら、同時に、胡錦濤国家主席は、一々討論する気はないと、話されたので、私もその意見に賛成であったので、今回、一々討論する場ではないと。今回の首脳会談というのは、日中の友好・発展関係をもつことが二国間の利益のみならず、アジア全体、国際社会全体にとって、いかに友好関係が大事かということを認識する場であるという大局的見地に立って話をしたので、この問題については、時間の関係もあり、私からは靖国の問題、歴史の問題について具体的には触れなかった。また、温家宝首相の訪日招請については、かねてからお話ししているので、あえて触れなかった。しかしながら、今までいったこと、これを変えたわけではない。

中国で国家元首に該当する(とされている)国家主席が、「靖国問題、歴史問題等について、一々討論する気はない」と明言している一方で、今回の靖国参拝には「強烈に抗議」している。

 首相靖国参拝で中国外務省「強烈抗議」(産経)

≪「共に」努力する姿勢も強調≫

 【北京=野口東秀】中国外務省は15日、小泉純一郎首相による終戦記念日の靖国神社参拝に対し、「強烈に抗議する」とした外務省声明を参拝の30分後という異例の速さで発表した。強い抗議を伝えることが狙いだが、両国が「共に」努力する姿勢を強調しており、次期政権に慎重な対応を取るよう促すメッセージの側面が強い。参拝は中国中央テレビが繰り返し伝えた。

 外務省声明は「日本軍国主義の被害国人民の感情を傷つけ、中日関係の政治的基礎を破壊した」と非難した上で、「日本各界の有識者が政治的障害を取り除き、1日も早く中日関係を正常な発展軌道に戻すことに力を注ぐと信じる」と強調した。

 また、「歴史を正しく認識」することは「両国が共に未来に向かう政治的基礎」だとし、「日本の政治家と広範な日本人民と共に両国の友好、発展に取り組んでいく」とした。

 中国は昨年10月に小泉首相が参拝した際にも外務省声明を発表しているが、今回は、A級戦犯に限定して反対する姿勢が鮮明で、日中関係改善に向け「共に」努力する姿勢を強調した。

 中国外務省声明の要旨は次の通り。

・小泉純一郎首相がA級戦犯を祭る靖国神社にまたもや参拝した。中国政府は、侵略戦争の被害国民の感情を深く傷つけ、中日関係の政治的基礎を破壊する行動に対し、強く抗議する。

・A級戦犯は侵略を計画し、指揮した者である。国際社会を無視し、参拝したのは、国際正義への挑戦であり、人類の良識を踏みにじるものだ。

・中国は日本による侵略戦争の最大の被害国だ。歴史を正しく認識することは、両国がともに未来へ向かう前提である。小泉首相が絶えず歴史問題で中国人民の感情を傷つけることは、国際社会だけでなく、日本国民の信頼も失い、日本の国家イメージと国益を損ねる。

・日本各界の有識者が歴史の潮流を認識し、政治的障害を取り除いて中日関係を早期に正常な発展の軌道に戻すよう努力すると信じている。

産経・共同 06.08.14 

  直接面と向かっては抗議しないが、間接的には「強烈に抗議」とは…少なくとも中国にとっては、その「痛み」とやらはきわめて「戦略的」な「痛み」のようである。

 そんなわけで、鈍感な朝日さんもいい加減に気づかなければなるまい。

「戦略的な痛みは、『痛み』とは言わない。それは『恐喝』に過ぎない」ということを。

  改めて言っておくが、首相が不戦の誓いを胸に靖国参拝を行うことは、何ら「国際正義への挑戦」ではない。そのように必死に意味づけしたがっているのは当の中韓にすぎない。なぜそのように意味づけしたがっているかって?そりゃ、首相の靖国参拝に強烈に抗議しなければ、今まで中韓が自国で行ってきた反日教育に矛盾するからだよ。中韓は、いわば、自国の教育でつじつまが合わなくなったツケを日本に押しつけているだけなのだ。このブログを初めて読んだ方々は、中韓の反日教育について当ブログここここを参照のこと。←常連の方々には、毎度同じようなリンクを貼り付けて申し訳ない。 

 

 というわけで今日も長くなった。 

 

 

(余談)

そういえば、また今年もラジオなどを中心に「入試に出る朝日新聞」CMが始まったようだ。問題なのは入試に出る理由であって、あと数年もすれば、「言論に対する腐った姿勢」の代表として朝日さんが「入試に出るNo.1」になるのだろうな。

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朝日さん「五つの疑問」への疑問、その四つ目(前編)

出張やら何やらでずいぶん遅くなったが、今回も8月16日の朝日新聞朝刊の記事について考えてみる。

2006年8月16日 朝日新聞朝刊より(4面) 

■首相の弁、五つの疑問(その四つ目を引用)

〈いつ参拝に行っても、何とか争点にしよう、混乱させよう、騒ぎにしよう、国際問題にしようとする勢力がある。いけないと言ったって、日本は言論の自由が認められているから、どうにもならない。〉 ←小泉首相の8.15の記者会見での発言

●異論切り捨てる危うさ

 首相にとって反対意見は、「言論の自由」があるから仕方なく許容しているだけのものらしい。だが、参拝に対する批判は野党だけでなく、与党内にも根強くある。

 「外交上の問題を惹起(じゃっき)することは間違いない」(山崎拓・前自民党副総裁)、「今日の参拝は非常に残念だ」(北側国土交通相=公明党)。A級戦犯の分祀論や、非宗教法人化などの多様な意見も出ている。メディアがそれぞれの主張を展開するのも当然だ。

 反対意見があるからこそ議論が活性化し、よりよい結論が導かれる――。それは民主主義の基本的な考えだ。民主政治の指導者であれば、異なる立場の人々を説得し、多数意見として集約する努力が求められる。

 だが首相の言動には、この「説得」をしようとする姿勢がみられない。それどころか、意見を単純化して敵味方を区別し、異論を切り捨てる危うさがある。

 首相は全国戦没者追悼式で、「多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」と加害責任に触れた。過去に苦痛を与えたことは反省しつつ、そのアジア諸国が訴える「現在の苦痛」については「意見の違い」と片づける。批判に背を向けたままの首相は、この矛盾にいつ気づくのだろうか。

 

●「自分が聞きたいことしか聞かない」人に説得は可能か…無限責任を求める「だだっ子朝日さん」

>反対意見があるからこそ議論が活性化し、よりよい結論が導かれる――。それは民主主義の基本的な考えだ。民主政治の指導者であれば、異なる立場の人々を説得し、多数意見として集約する努力が求められる。

 この点には何も異論はない。 しかし、朝日さんの論法の幼稚さは、ここから次の段落への「飛躍」にある。

>だが首相の言動には、この「説得」をしようとする姿勢がみられない。それどころか、意見を単純化して敵味方を区別し、異論を切り捨てる危うさがある。

 朝日さん的には、首相の言動は、異論を発する他者に対し、説得しようとする姿勢がみられないということか…。

 また字数制限にひっかかるといやなので、リンクを貼るだけにとどめておくが、首相官邸のHPを調べるだけでも、首相が靖国参拝について説明した機会は少なくともこれだけある。ということも知らないわけではなかろうに朝日さんは。

小泉内閣総理大臣の談話 平成13年8月13日

靖国神社参拝に関する所感 平成14年4月21日

 小泉総理大臣年頭記者会見 平成16年1月5日

ASEAN+3首脳会議後の内外記者会見(要旨) 平成16年11月30日

小泉総理大臣年頭記者会見 平成17年1月4日

アジア・アフリカ首脳会議の際の小泉総理内外記者会見 平成17年4月23日

APEC首脳会議後の内外記者会見(要旨) 平成17年11月19日

 小泉総理大臣年頭記者会見 平成18年1月4日

小泉内閣総理大臣記者会見[平成18年度予算成立を受けて] 平成18年3月27日

小泉内閣メールマガジン 第245号 2006年(平成18年)8月3日

※さすがに「らいおんはーと」というキャッチフレーズはは昔も今も失笑ものだが…。

そして、今回の参拝の後に

小泉総理インタビュー平成18年8月15日

 

  このように、上記に引用しただけでも少なくとも11回、国会の答弁や、HPに載らないレベルの記者会見などでの説明も含めれば、少なくとも数十回、首相は公式の場で、首相自身の靖国参拝について説明しているのだが…朝日さんは、このことを知らないのか無視しているのか、

 説得」をしようとする姿勢がみられない。

とバッサリ斬ったつもりになってらっしゃるようだ。

 しつこいが、上記のような事実を知らないのは論外であり、知ってて無視しているのであればなおさら悪質なのだが、こういう論評は「クオリティ・ペーパー」を掲げる朝日さんなら決してやってはならないことであろう。

 

 「回数じゃない。中身だ」という、これまたごもっともな批判も出てくるだろうが、朝日さんは上記の記事の中では、そういう主旨での批判は一切していない。私のここまでの記事を読み、「回数じゃない。中身だ」などと思った読者は、肝心なところを読者の想像力(というより、論評の論理性とは全く関係ない、イデオロギー的な「共感」)で補ってもらわなければ読むのに耐えられないのが朝日さんの記事である、ということを、あなた自身の反応で証明したわけだ。 

 

 ちなみに、上記のほぼ全てのリンクの中で、首相は

「心ならずも戦争で命を落とさざるを得なかった方々へ哀悼の誠を捧げるために」

靖国参拝を行う旨を明言しており、国会答弁では、わざわざ

「A級戦犯のために参拝しているのではない」

とも明言している。

 ここまで首相が靖国参拝を行う理由を明確に説明しているにもかかわらず、「説明が足りない」とは、さらに、何を、どのように、どれくらい説明せよと言うのだろうか???中身の面でも、何が足りないのか全く理解できないのである。

 

 邪推で申し訳ないが、朝日さんとしては、中韓の「苦痛」とやらに日本の首相が「気遣い」をし、靖国参拝をやめるまでは、永遠に「説明不足だ」と言い続けるつもりなのでは?改めて思うが、そこまでねばり強く中韓への「気遣い」とやらを求める動機は何なのだろうか?それで竹島問題や白樺ガス田問題が日本に有利なように動くとでも本気で思っているのであろうか???

 動機は理解できないにせよ、少なくともイデオロギー的な補完をしないで読むには耐え難い記事を平気でキャンペーンとして繰り返す朝日さんは、小泉首相に、自社が納得するまで説明せよという無限責任を求めているのであろう。

 公務員としての政治家に国民に対する説明を求めるのは至極当然だが、社会の木鐸としての資格自体を疑われても仕方のない現在の朝日さんに、国民を代表する一組織としての資格はあるのだろうか。資格もない者が他者に対する責任を求めることだけは一人前。これではまるで、給食費を払えるのにわざと払わず、それでも学校に対する文句や要求だけは一人前というバカ保護者と全く同じではないか。

 

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