白河アーカイブス

2007-05-20

07.05.14 筑紫哲也 肺ガンのためnews23を「休業」

ソースにもよるが、彼は1日60本程度喫煙するヘビースモーカーだったとのこと。

ヘビースモーカーが肺ガンになるのは、私には自業自得にしか思えない。まあ「ざまあ見ろ」である。

肺ガンになるまでは「喫煙は法律で認められた『権利』だ!」と威張りながら、

喫煙という行為で、非喫煙者に「不快感」と「確実な身体的危険」を「副流煙」という形でまき散らしながら、

いざ、それが原因で病気になると、健康保険制度という形で、非喫煙者も含めた他人のカネをあてにする。

 

喫煙者は、一体どれだけ周りに迷惑をかければ済むのだろうか。ひと言で言えば「救いようのないバカ」である。

 

「肺ガンということにして実はリストラ」というオチの方が、あらゆる意味でよほど「健全」だと私は思う。 本人にとっても対面を保ったままでの引退になるし、何よりTBSにとっても、低視聴率に見合わない「高ギャラ」を払わなくて良くなるからだ。

 

うーむ。いくら自問自答してみても、喫煙者が肺ガンで苦しむことに対しては、私はいかほどの同情も愛情も哀れみも感じない。

 

喫煙という習慣は、国家が、国民の一部を麻薬漬けにし、 そのことにより国家が国民から安定的に一定収入を得ようとする目的で国家管理されるようになった現象(というべきか「事業」 と言うべきか…)である。飲酒と本質的に違う点は、習慣性が比較にならないくらい違う点と、副流煙により、 他者に確実な身体的危険を与えるという点だ。この文章を読んで「こいつはあきれるほど冷たい」と思うのは勝手だが、 もしあなたが喫煙者ならば、その副流煙が、毎日どれだけの他者に確実な身体的危険を与えているか、タバコを吸うたびに想像すべきであろう。 例えば私は、生徒にこのように「教育」している。

「君たちは二十歳になったら、タバコを吸うことを禁止されなくなる。しかし、喫煙できるからと言って、 それに伴って他人に迷惑をかけても良いということにはならない。飲酒できるからと言って、 酔っぱらって他人を殴ってもいいということにならないのと同じだ。だから、二十歳を過ぎてタバコを吸うときには、煙を出すな。全部自分の体内で処理しろ(煙をはきそうになったら、 指で鼻の穴をふさいでやるから)。それができないのなら、タバコを吸うな。

こういう「教育」は、各クラス、年に一度は必ず行っている(笑)。時間がなくて、年に数回しか話せないのが、きわめて残念なくらいだ。

この教育のかいあってか、卒業した後遊びに来る生徒は、一人も喫煙していない。「その他」がどうなのかわからないので、 全然いばれないが、生徒には、「喫煙を鬼のように叩く大人がいる」という記憶として頭に残ってくれれば、 その後の人生に多少の影響は与えるだろうと思っている。

 

喫煙は、それに伴う自分の体へのリスクを「自己責任」として受け入れた上で行っている行為である。ゆえに、 喫煙が原因で病気になるのは、その自己責任の範囲内という意味で「自業自得」であるし、自業自得であるならば、その病気の治療は、 全額自費で行うべきであろう。

それがイヤなら、喫煙者同士で基金なり保険機構を組むべきだ。

いずれにせよ、喫煙者が、喫煙が原因で病気になるのは自己責任の範囲内であるのだから、喫煙の問題としてより重要なのは、 副流煙の方だろうな。

 

「オレは他人がいるところでは絶対に吸わない」などと胸を張るヤツもバカだな。我が家の窓を開けると、 どこかのベランダで吸っているバカの煙が必ず入ってくる。そういうレベルの「他人」も含めて、「喫煙で『他人』に迷惑をかけていない」 と胸を張ることのできる人間は、一体どのくらいいるのだろうか。

 

ま、「社会の悪を糾す」立場の「自称ジャーナリスト」がタバコを吸ってるって……「自分の悪も糾せない」 救いようのない人種だったってことだ。

 

あ、副流煙の危険性の話をすると、「じゃあ自動車の排ガスはどうなんだ!他人の迷惑を考えろと言うのなら、自動車使うな!」 とキレるヒトが多いが、こういう連中もかなり程度の低いバカである。自動車の排ガスと副流煙の危険性を定量的に測定し、 「タバコを吸う代わりに、その分だけ自動車の恩恵を受けません」と言うのならまだわかるのだが、喫煙者は、自動車も好き放題使うわ、タバコも好き放題吸ってるだけなわけで、「みんなわがままなんだから、オレ (喫煙者)がお前ら(非喫煙者)よりわがままでもいいだろう!」という、意味不明の主張をしているに過ぎないからだ。「論理」 にすらなっていない。

やはり、喫煙者は、脳までこんなに冒されてしまうのねというイヤミを言って締めくくりとしておこう。

 

 

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2007-05-12

07.05.11 参議院憲法調査特別委員会で国民投票法案が可決

 予想通りというか何というか、マスゴミ相手にはさんざん「議論が尽くされていない!」などと叫んでおきながら、 実際の国会の審議では、この法案に関する議論を放棄している。

「靖国神社に供え物を出すなら出すで、堂々とすればいいじゃないですか!」 (民主党 簗瀬進)

「9条を変えるつもりじゃないですか!」 (共産党 仁比聡平)

「憲法を変えて、海外派兵するつもりじゃないですか!」 (社民党 福島みずほ)

…もう批判するのも疲れた。民主党は論外として、国民投票法案は、憲法を変えるための手続き法であり、 実際にどのように憲法を変えるかという話とは全く別次元である。これらを混同することは、

「とにかく、改憲を絶対阻止するために、改憲を可能にする制度そのものも阻止すべきだ!」

という、憲法96条の規定に沿った憲法改正の手続き法の存在自体を否定する、憲法99条(憲法尊重擁護義務)に対する明確な違反である。

 衆議院、参議院を問わず、「護憲」を偉そうに掲げる社民党や共産党の国会議員様たちが、 このような明確な憲法違反を犯してきたことを、少なくとも私は一生忘れない。

 日本の左翼がここまで落ちぶれたことは、きわめて残念である。こういう国会での発言の蓄積が、「議席減」 という現実につながっていることを、少なくとも社民党は全く気づいていないらしい。委員会後のマスコミ取材に対しても、福島瑞穂は

「改憲か護憲かで言えば、私たち社民党が対立軸の片方を担って、徹底的に護憲で戦っていきたい!」

などと、相変わらずの勘違い発言に自己満足の極みだったのだから。

 …護憲の立場で戦いたいのなら、護憲勢力を結集できるように、国会での日頃の発言を、 首尾一貫したものにし続けなければならないだろうに。憲法擁護義務に明確に違反した発言を繰り返しておきながら、「対立軸の片方を担って」 とは、よく言うよこのバカは。

 

 

 なお、最低投票率などの設定については、「付帯決議」の中で、今後検討すべき課題として入っているので、 最低投票率等の設定に関しては、今後も激しい議論が展開されるだろう。

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